歴史散歩 ─ 滝山城址を歩く
1569年(永禄12)年、武田信玄、勝頼が対岸の拝島に陣を敷いて攻めたが、
攻めきれずに小田原に向かった、という記録も残っているのがこの滝山城です。
3月13日(日) 集合 JR拝島駅改札口9時
解散 拝島駅3時ごろ
もちもの:飲み物/歩きやすい靴と服装で(昼食は拝島大師付近で店に入ります)
参加費:1000円(シビル会員は800円)
案内人:福田 恵一さん(中学校社会科教員)
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案内人からの一言
滝山城は、戦国時代の関東の勇、(後)北条氏が、甲斐の武田に対する城として築城したものです。城主は、北条3代氏康の次男、北条氏照です。基本的には中世の山城ですが、規模は大変に大きく(東西、南北ともに750m以上)、頂上の本丸をはじめ、中の丸、二の丸、小宮曲輪など、多くの曲輪(クルワ)を配した大城郭でした。1580年代に城の機能がすっかり八王子城に移り、その後は使われていませんから、建物などの遺構は残っていませんが、曲輪やそれを取り囲む土塁や空堀、また鈎の手になった道や虎口(コグチ)、桝形(マスガタ)など城の基本的な構えはしっかり残っています。また、中の丸から本丸に渡る引橋は復元され、虎口を通って最上段の本丸に進むと眼下に多摩川の北岸が見渡せ、井戸跡も残されています。特筆すべきは、家臣団の屋敷跡で、この城が城下町を持つ近世の城郭への過渡期的なものであったこともうかがえます。
当日は、この城跡を南側からゆっくりと見学します。一般に日本の「お城」というと、天守閣のある姫路城や大阪城など近世城郭が思い出されますが、それにも通じる中世から戦国期の城つくりなどについて、この城跡から考えてみたいと思います。
帰りは、城跡を北側に下り、多摩川を渡って拝島に出ます。段丘崖にそった地域には、拝島大師として有名な本覚院をはじめ、普明寺、日吉神社、円福寺などが並んでいます。対岸の滝山城を攻めた武田信玄、勝頼もこのあたりに陣を敷いたと言います。その中から、大日堂の金剛力士像(仁王)と大日如来像(いずれも鎌倉期の作で都の有形文化財)を見ようと思います。
梅が終わり、でも桜にはちょっと早いという早春の日ですが、中世や戦国期に思いをはせながら、のんびりと歴史散歩を楽しんでみませんか?